ニーハオ!ひいろです。
夜、家族でクイズ番組を見ていたのですが、長女が解答するのを妨害したら、泣いてしまいました。
というより、泣かせてしまいました…。
まじめな性格である上に、負けず嫌いのようです。
今回の事件を機に、娘の性格を理解できました。
最後は仲直りできて良かったです。

さて、2002年4月、明治鍼灸大学の同期だった藤原大輔君(新潟は十日町市の張士堂院長)との留学生活が始まりました。
北京の病院で研修するので、私たち二人は同棲、いや…、同居をしていました。

大学を卒業してから二人の距離は縮まり、学術的な相談はもとより、将来について話し合う仲になりました。
お陰でホームシックにならずにすみました。

私は超インドア派ですが、藤原君は超アウトドア派でイケイケでした。
そのため、近所のデパートに行き、そこで店員さんと友達になり、食事に行ってお話して中国語を学んだものです。

それから、近所で美味しいお店を見つけては、一緒に食事に行ったものです。
彼に教えてもらったウイグル料理にすっかり魅せられてしまった話は以前お伝えしましたね。
羊の串焼き、ラグマン、ワンタン、肉まん、イカの串焼き、羊肉のしゃぶしゃぶなど色々なものを見つけて来ては食べさせてくれたものです。
残念ながら、私は、お酒だけは好きになれませんでした…。

私たちが最初に借りたアパートは北京市内の西単という場所でした。
休日の西単は、中国で最も人口が多い街になると言われるほどの繁華街です。

しかし、裏道に行くと中国の伝統的な路地である「胡同(hútòng:フートン)」が広がる街です。
ある日の晩、藤原君に夕食に誘われました。
そして、夕食の後に胡同見学に行こうと言うのです。

しかし、私はその日、遅くに昼食を食べたので、お腹が空かなかったので夕食に行かずに休むことにしました。
私は家に一人残りました。
なかなか帰ってこないので、先に就寝したのです。

翌朝、非常に疲れた様子の彼を見て、何かあったようだと思いました。
すると、彼は重たい口を開き、何があったか語り始めました。

何と、藤原君、胡同で迷子になって帰ってこられなかったというのです。

確かに、夜の胡同は非常に暗く、慣れていないと道に迷いやすいです。
もともと、胡同は外敵からの侵略を防ぐためにわざわざ入り組んだ作りにしているのですから。
迷うのも仕方がないことです。

麻辣香鍋!!しびれるような辛さがたまりません!!レンコンがめちゃくちゃ美味しいです!!常温のコーラが最高にうまいです!!

実は、重要なのはそこからです。

2時間ほどさまよい続け、疲れ果ててしまった藤原君。
これほどまでに疲れたのだからマッサージを受けに行こうとお店を探したのですが、すでに夜中の12時を過ぎていたので、どこのお店も閉まっていたというのです。

しかたがないので、更に歩き続け、西単から北に進むと「西四」という地域に行きつきました。
そこまで行っても見つけたのは日本で言うところの銭湯に到着したのです。

中国ではサウナと呼ばれています。

そこにはサウナはもちろんのこと、大浴場、シャワールームがあり、垢すり、マッサージを受けられます。
藤原君は安堵しながら、サウナに入ったのです。
2時間も胡同を歩きつづけたので、汗を流してマッサージを受けたい、そう思ったのでしょう。

共同のシャワールームで身体を洗っていると視線を感じたというのです。

しかし、あまり気にせず身体を流していると、お尻のあたりを小突かれたのです。
ふと振り返ってみると、視線が定まらない中年男性が、シャンプーのような容器を片手に持って、こう言ったのです。

このローション、試してみようぜ、ぐふふ…。

それを聞いて、藤原君はマッサージも受けずに慌てて家に戻って来たそうです。

後日、北京の事情に詳しい方に聞いたのですが、西四のサウナ。
実は、同性愛者がパートナーを見つけるための有名な場所だったのです。

彼は偶然にも、そういう場所に行ってしまったのです。

それから、10年ほど経って、タクシーに乗って西四を通りがかったのですが、例のサウナはなくなっていました。
なんだか、一つの時代が終わってしまった…、そんな気持ちになりました。

まぁ、私は全然関係ないのですけどね。

そういう訳で、北京に行ったばかりは全てが新鮮で、色々と恐れ知らずだったな、というお話でした。
本人に断りもなく、藤原君の話を書いてしまいましたが、問題あったら連絡下さいね!!

それでは、再見!!